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ロジカルシンキングの限界?
〜ロジックを深層で支配するもの…〜

2004年2月



受講者に隣の人と腕相撲をさせる演習がある。「相手の手を先にテーブルにつけたら勝ちです。15秒間で、何回勝つことができるか競争してみてください」と言うと、ほとんどの人が、相手の手をテーブルに押しつけようと奮闘する。
ところが、一部の受講者たちは、互いに目配せをして、何の抵抗もせず交互に腕を倒し合いながら15秒間を過ごし、どちらも12回かそれ以上の“勝ち”を記録する。彼らは、ひとりしか勝つことができないというメンタルモデルに縛られていないのである…。

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これは「学習する組織『5つの能力』」(日本経済新聞社刊)」という本の一節で示された「メンタルモデル」の一例である。メンタルモデルとは、私たちの心の奥底に染みついているイメージや仮説、ストーリーのことであり、私たちが世界をどのように見るか、意味づけるかといった認識をかたちづくるだけでなく、どう行動するかまでをも決定する「心の見取図」である。そして、その存在は意識の下に隠れ暗黙の了解となり、変化を必要とする状況においては大きな制約条件となっている、という。解剖学者である養老孟司氏はこれを「バカの壁」と称したのだと思う。言い得て妙である。

昨今は「仕事=問題解決」という図式が定番になりつつあると感じるのは私だけはないと思う。そうした時に様々な「原因・理由」が述べられるわけだが、それらの原因・理由を形成するロジックがどのようなメンタルモデルに縛られているかを議論することはまずない。問題解決とはロジック(とそのファクタ)をいじくりまわすことという、それこそ「暗黙の了解」があり、まさかロジックを深層で支配するもの(疑いようのない暗黙の仮説)までがその対象になるとは考えていないためではないかと思う。また、そこへ踏み込むことで、自他の中に様々な「不愉快な感情」が湧出されると想起されれば、なおさらであろう。

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今日、問題の難易度、複雑さは増すばかりである。ひところロジカルシンキングという言葉が流行り、それが決定打のような雰囲気すらあった。自分も何冊かそういった本を読みながら「なるほど」と思ったりもした。確かに、ものごとをロジックで捉える重要性はその通りで、「問題の説明」には不可欠の思考道具である。そしてロジックによって理由をあぶり出し、それをつぶしてゆくことで解決を導く…。しかしながら自分には、それで本当の問題解決になるのだろうか?という疑問が湧き、理解はできてもどこか釈然としない部分があった。しかしその理由がこの本で少し見えた気がする。

先の腕相撲の例えでいえば、ロジックの追求のみで解決をしようとするなら「腕力を鍛える」、「より力を入れやすい姿勢を科学的に分析する」、「相手を笑わせて脱力させるジョークを覚える」といった解決策が提示されるのだろう…。まるで冗談のようであるが、現実の大まじめな議論の多くが、実はそのようなのものではないのかなと思わずにいられない今日この頃である。



菊水電子工業株式会社 ウェブマスター
藤川 貴記 webmaster@kikusui.co.jp

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