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身の丈サイズという静かなるパワー
〜ある椅子と歌手に想うこと…〜

2004年8月



今回は、個人的に「いいなぁ」と最近思った椅子と歌手のお話。

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唐突であるが、みなさんは自宅に自分用の椅子をお持ちだろうか。キャスタ付きの事務用椅子、パイプチェア、ウッドチェア、ラブソファ、革張りの安楽椅子… などなど。最近であれば高機能なマッサージチェアなどもあるかな。当然「畳に座布団」もあるだろう。自分の場合は、パソコン用に買った安価な事務用椅子がそれであった。タイピングやWEBを見たりする分には特に問題はないのだが、殊「読書」には不向きで、なんとなく落ち着かず集中して読めない。仕方ないので、床に座って、壁にもたれながら読んだりするのだが、しばらくすると腰や尻が痛くなってくる。

本好きの私としては、読書に適した椅子が欲しいなあと思っていた。近所の家具屋やデパートの家具売場を物色したが、高価だったり妙に大仰だったりで、気に入る椅子はなかった。ついでネットで捜した。キーワードをあれこれ変えながら、しばらく、あちこち覗き見るうち気になる椅子が出来てきた。それは徳島の小さな家具メーカがつくる「ニーチェア(正式名:Nychair X)」という非常にシンプルな折りたたみ椅子であった。オーディオファンの間ではリスニング用チェアとして以前から知られていた椅子のようで、調べるうちに、どうもタダモノではないことがわかってきた。

ニーチェアは、新居猛さんという家具デザイナー(前職はなんと剣道具の職人さん)が、30年以上前(1970年!)につくった製品で、以来80 万脚以上売れているという。ニューヨーク近代美術館永久収蔵品に選定され、1997年にはグッドデザインのロングライフデザイン賞も受賞。知る人ぞ知るデザイン史に残る「名品」なのであった。この椅子にまつわる新居さんの言葉(食べ物でいうならライスカレーのような椅子を作りたかった…、世の中のより多くの人々に受け入れられるもの、また一時的なファッション性の追及に陥ることなく、長い寿命を保てるもの、等々)などを読むうち、「この椅子しかない!」と思い、東急ハンズに問い合わせたところ店頭にはないが一台だけ在庫があるという返事がかえってきた。

早速店へ出向いたところ、店員が「実はこれ最後の一台なんですよ」と言った。なぜと聞くと、新居さんが高齢のため会社を止める(供給継続が未定)ということで現在追加オーダーができない状態で店としても困っているという話であった。私はてっきり(これほどのロングセラー商品なら)ライセンス生産されているのだろうと思っていたのだが、前述の徳島の小さな家具メーカとは実は氏と家族の経営によるものであり、そこで手作りされてきたのだという。同じデザインで 30年以上売れ続けてきたというのも驚きだが、製造は家族経営で支えてきたということに二度びっくり。もうダメ押しである。「この最後の一台は私に出逢うべくして残っている…」。

ということで、私の部屋には今、ニーチェアがある。写真で見る以上に実物はシンプルである。肘掛けの丸木がつき「X」状に組まれたステンレススチールのパイプと座面となる帆布…以上。修飾は皆無。合板やカラフルな合成樹脂、ボルト・ナットの組立家具に慣れた者には、少し不安になるような純朴さと構造である。肝心の座り心地は正直なところ最初は「こんなもの?」という感じであった。しかし背中や腿の下などにありがちな圧迫感がなく、これなら長時間楽に座っていられそうであった。実際夏休みこの椅子で読書をしてみたところ、気が付いたら爆睡していた…。かのドイツの造形学校バウハウスでは「使いやすいものは美しい」 という機能美哲学が唱えられた。ニーチェアはまさにそれなのだな…。

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さて、続いては歌手である。7月の初め頃、TBS系の「情熱大陸」というテレビ番組で知ったハマダマリコ(浜田真理子)さんという女性シンガー。同番組は、時の人またはこれから注目の人を紹介する30分番組である。彼女の放映回は偶然見たに過ぎなかった。「え、誰?」と思いながら見続けるうち、「この人何かいいぞ」と感じるようになった。歌手としての技量もさることながら、彼女の生き方がとても「自然」に思えたのだ。実は彼女はいわゆるメジャーデビューしたタレント(プロミュージシャン)ではない。いまも島根県松江市に住み、普段は普通の会社勤めをしながら音楽活動をしている。地元で(人の薦めで)自主制作したCDが東京のレコード店で紹介されたことをきっかけにラジオや口コミで広まり、静かに全国的なブームとなったという。

彼女は基本的にピアノだけで唄う。そしてメロディもピアノの伴奏も、おそろしくシンプルである。今の流行り(コンピュータや電子楽器を多用した重厚さ複雑さ)の対極にあるような音楽である。バックボーンはJazzのように感じるが、彼女の自作曲に加え、ときに昭和歌謡(花笠道中、抱擁、柔、座頭市(!)…)を彼女流にアレンジしながら唄う。それは年輩の人にはなつかしく、それを知らない若い人には新鮮に響くという。私も趣味で楽器演奏をやるので、そういう耳で聴くのだが、彼女の音は唖然とする程スカスカで薄い。思わずスキマを埋めたくなるような音である。正直「これでいいの?」と思ってしまうくらいに。しかしそれがかえって、彼女の声の良さをより引き立て、かつ彼女らしさを生んでいるのだろう。

そういう彼女には当然メジャーレコード会社からの誘いがあるのだが、今の生活のために断り続けている。「生活のために音楽をやらないでいいためには、生活が島根にないと安心して出来ない。」、「もし、私の階段があるとするならば、本当にいいものというのが頂上なんです。それはずっと一生登って行く階段だと思うんですけど、それをやるために東京で暮す必要はなかった。」と彼女は言う。「音楽を志す者は東京へ出てメジャーデビュー」という暗黙の公式を彼女はサラっと拒否し、そして別のあり方を示し実行している。音楽的成功と経済的成功は不可分だという思い込みに「ガツン」と一撃を与えるような彼女の生き方に、小気味良さを覚えたのは私だけではないだろう。

ニーチェアとハマダマリコさん。その有り様は愚直なまでに「身の丈サイズ」であり、それが結果シンプルさを生むことなっているのではなかろうかと思った。これからの生き方のキーワードに、スローライフという言葉があるが、もうひとつ「身の丈」というのもありそうだ。

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身の丈サイズであっても、きっちり貫き通せば、それはそれで「パワー」を生むのだヨ…。美しい椅子と彼女の歌声はそう語りかけてくるのだ。

菊水電子工業株式会社 ウェブマスター
藤川 貴記 webmaster@kikusui.co.jp

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