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見えないものを見る力
〜その退化が招く帰結〜

2005年5月



先日、NHK教育テレビで「ドアに潜む危険〜畑村洋太郎の危険学入門〜」という番組がありました。昨年3月に起きた六本木ヒルズ回転ドア事故の原因調査と、それを端に、様々なドアに潜む「安全の死角」を洗い直そうと発足した「ドア・プロジェクト」の活動ルポルタージュです。畑村洋太郎氏は「失敗学」の提唱者、創始者として著名な先生です。私も以前より畑村氏の著作を何冊か拝読していたので、非常に興味深くこの番組を見ました。

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私が注視したのは、事故を起こした回転ドアがどのような仕様変更を経てきたのか、その経緯を明らかにするくだりです。欧州のメーカが開発した回転ドアが、日本のメーカに渡り、様々な都合、意図、理由で仕様改変されてゆく途中、伝えられるべきある重要な情報が抜け落ちてしまった、断たれてしまった。それが、回転ドアを凶器に変貌させた根本原因ではないかということでした。

伝えられるべきある重要な情報とは何か。それは「設計思想」でした。畑村氏は「技術の系譜が断たれた」と表現されていました。てん末はこうです。ひな形をつくった欧州のメーカが解散してしまい、日本にはドアの現物しか残されなかった。日本のメーカは現物を頼りに設計図を書き起こし改良を加えていったのですが、その際、ひな形の背景となる思想、例えば素材や構造に行き着いた理由に対する推考が十分に及ばず、結果「安全な回転ドア」として不適格な設計変更が累積的におこなわれてしまったのです。

欧州でも回転ドアの危険性は検討され、センサによる保護機能の実装は当然として、衝突の衝撃を減衰するためにドアの可動部は軽量にすべしという思想があり、ひな形はそのように作られていました。しかし、事故をおこした回転ドアの可動部は様々な仕様変更の結果、約3トンというひな形の3倍近い重量になっていたそうです。この重さでは、センサが鋭敏に作動し緊急停止しても、ドアはすぐに止まれず、可動部の自重とそれを駆動させる強力なモーターによって、挟まった人体は強烈なエネルギーで圧迫されつづけてしまう。そして最悪の事故は起きました。

改良、改善などの改変は、いたるところで普通にある営為です。発明とくらべて、改変という行為は技術レベルや難易度において低く見られがちで、また安易におこなわれる性質があります。しかし発明と同様に観察力と想像力、つまり「見えないものを見る眼力」を相当に要する難しい仕事なのだということを再認識させられました。また、現物とは、確かなようで実は「不完全な情報」なのだという認識も重要かと感じました。

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「見えないものを見る力というものを、今ほど求められている時代は、かつてなかった」と、作家の柳田邦男氏は最近の著書「壊れる日本人」で述べています。設計思想なども、見えないものの例でしょう。スピードや効率を最重要視する風潮の中で、わたしたちの思考が想像以上に即物的、そして狭窄的になっていると考えるべきです。自分の目に見えるものが全てでかつ正しい。そういった大変な思い違いが、正されることなく野放しに蔓延しているように思えてなりません。回転ドア事故は、見えないものを見る力の退化が招いた帰結の一例と見るべきなのでしょう。



菊水電子工業株式会社 ウェブマスター
藤川 貴記 webmaster@kikusui.co.jp

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