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三百倍のツケが返ってくる日
〜そのときを迎えないために何をなすべきか〜

2005年8月



前回、畑村洋太郎氏による「ドアプロジェクト」の活動ルポルタージュを紹介しました。ビデオ録画をしたつもりだったのですが、実は録りそこなっていたことに後で気付きがっかり…。しかしその後、再放送があり、しっかりDVDに録画し再度じっくり拝見。また、この内容が附章として追記されたが本が刊行されたことを知り、これまた購読。両者をあらためて見て、畑村氏の知見のすごさに、唸ってしまいました。ということで今回も失敗学に思ったことです。その本は「決定版 失敗学の法則(文春文庫刊)」。ハードカバーで2002年に出された書籍の文庫本です。ちなみに税別467 円。内容の重さに不釣り合いなこの安さ…。でもそこが文庫本のよいところ。本の虫のサイフにはやさしくて助かります。

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畑村洋太郎氏は、工学院大学国際基礎工学科の教授(東京大学名誉教授)。機械工学の専門家として得た数多くの経験から「失敗学会」を創設。「失敗を生かす」という思考、価値観をひろく提唱されている先生です。

同書で、わたしが驚いてしまったのは、先頃JR西日本で起きた大事故を予見したかのような件です。それは『「潜在失敗」を顕在化せよ』という見出しではじまる章。『…ヒューマンエラーを織込んだシステムづくりが必要と言いましたが、実際のところ、そうしたシステムをつくるには莫大な資金と時間が必要で、そのためにシステムの導入を躊躇したり、見送ったりする組織は少なくありません。(中略)未だ起きていない失敗のために投資をするのは無駄だという発想なのでしょう。(中略)これから起こる失敗、つまり「潜在失敗」の実損を計算して、それをコストとして勘定するべきなのです。』

その好例としてJR東日本が実に8000億円もの投資をしてATS(オートマチック・トレイン・ストップ)をATC(オートマチック・トレイン・コントロール)に換えた事例を紹介しています。そこでは、このシステムの刷新を失敗学的にどう読むかという解説に加え、運転手の心理や彼らが置かれている状況への言及があります。まるであの脱線事故を見通したかのような内容に、読んだ瞬間鳥肌が立ちました。

ハインリッヒの法則。こういった大事故が起きたときに、必ずといってよいほど引き合いに出される労働災害の発生確立に関する法則です。「一件の重大災害の裏には、二十九件のかすり傷程度の軽微な災害があり、さらにその後ろには、ヒヤリとしてたりハッとして冷や汗が流れるような事例が三百件潜んでいる」というものです。畑村氏は、「失敗」も「災害」と同様の構造を持つ「確率現象」であって、「失敗は必然の帰結」という発想への切り替えが重要であると断言します。

さらに氏はこう言います。『それでも人間はまだ、「これくらいは大丈夫だろう」と考えて「予兆」を無視し、軽微な失敗なら、何とかごまかそうと考えます。現実社会において、自分だけが正直者でいたら貧乏くじを引くからです。(中略)万が一それが大失敗となったとき、多大なツケを払わなければならないということを覚悟しなければなりません。ツケの大きさはだいたい、予兆や事実を無視したり、隠したりして「得をしたつもりになっている」金額の三百倍になる、というのが私の考えです』

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三百倍のツケ。もちろんこれは比喩であって、「負いきれない莫大な代償」と理解すべきでしょう。そしてこれは工学的な事象のみでなく、社会一般にひろく通じる普遍的なものを感じます。「これくらいは大丈夫だろう」「得をしたつもりになっている」という指摘は、やはり痛いですね。ドキっときます。そして想起したのは、「社会的ジレンマ」や「反復囚人のジレンマ」という理論です。

「社会的ジレンマ」は社会心理学で、「反復囚人のジレンマ」は経済学でそれぞれ研究されている、人々の協調行動(信頼関係)がもたらす結果を心理実験やシミュレーションなどで検証しモデル化した理論です。簡単に結論だけを言ってしまうと、人々が自分の利益だけを追求すると、やがて互いの首を絞めあうことになる。一回限りなら裏切って相手をうまく出し抜いて、利益をあげ、勝ち逃げできるかもしれないが、それが何回も続くとやがて裏切りの応酬となり、結局は共倒れになってしまうという。

ではどういうモデルが大きな成功(や共生)をもたらすのか。それについてロバート・アクセルロッドという政治学者がおこなった、コンピュータプログラムによるシミュレーションがあります。彼は「協調」と「裏切り」のいずれかを選択したプログラム同士を複数集め、総当たりの選手権大会をおこなったそうです。その結果どうなったか。高得点をあげて優勝したのは「お返し」と名付けられたプログラムでした。このプログラムは、最初は「協調」で、その後は前回相手が取った行動を模倣する(協調には協調、裏切りには裏切り)というもの。さらにその中でも特に好成績をあげたプログラムは、相手が裏切ったあとでも容赦し再び協調するという性質があったそうです。

続けて彼は、このシミュレーションを長く続けるとどうなるのかを試みました。すると、相手をだまし搾取するようなプログラムは、しばらく調子が良いように見えても、やがて食い物にしてきたプログラムが消滅してくると消えてしまい、シミュレーションを続けた1000世代まで上位をキープしたのは「お返し」プログラムだったそうです。

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狡猾は最後に自壊をもたらす。もしくは「正直は最高の戦略である」ということでしょうか(これは糸井重里氏の受け売りです)。ひどく教訓的で、ありきたりに思える結論ですが、三百倍のツケが返ってくる日を迎えないために何をなすべきなのか。深く考えさせられる名著と思いました。おすすめの一冊です。夏休みの課題図書としていかがでしょう?
税別467円ですし。しかし安いよなあ…。

※ロバート・アクセルロッドの実験については、日経ビジネス文庫 『できる社員は「やり過ごす」(高橋伸夫著)』を参照しました。

菊水電子工業株式会社 ウェブマスター
藤川 貴記 webmaster@kikusui.co.jp

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