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ポジティブ派の功罪
〜いつまで喰えない餅の画を眺めているのか〜

2009年8月



経済評論家の勝間和代氏を御存知だろうか?

巷では同氏の書籍を「勝間本」、
また同氏に心酔するファン?を「カツマー」というそうだ。

著書、テレビで拝見する限り、かなりアグレッシブな方である。
書籍も何冊か読ませていただいた。
私の好きな論旨、論調で、なるほど、と頷くことも多い。
事象に対する切り込み具合が鋭角(辛口)で、
これが結構ツボに入ってくる。

私の印象は、女「大前研一氏」である。

プロフィールを見ると、
マッキンゼーに在籍していたとある。
あぁ、なるほど・・・。

同社のDNAが生んだ傑物のお一人か。

◆◆◆◆◆◆◆◆

しかし、私も含め、「パンピー(注:一般ピープル)」にとって
両氏の真似、行動の実践は、かなり厳しい。

勝間氏は自分を特別な存在と捉えてほしくない、
誰でも努力、訓練で出来ることだ、と述べているが、
書籍から読み取る限りにおいては、
その上昇指向のエネルギーの大きさや
頭の良さといった素養は、常人とかなり違うと思う。

当人の希望はどうあれ、お二人はある意味「スター」で、
だれでも努力で近づけるような存在とは思い難い。

両氏の著作から、そのエッセンスを数%も吸収できれば、
パンピーとしては十分合格であろう。
(両氏から、そういう負け犬的思考を捨てられないから
駄目なんだ・・・と言われるのだろう。きっと)

では、パンピーはどうすればよいのか?

◆◆◆◆◆◆◆◆

「自分をすり減らさないための人間関係メンテナンス術(光文社刊)」

帯にこうある。

『「前向きに」って、疲れませんか?
むやみにポジティブに生きても、自分をすり減らしてしまうだけ。
自分の人生のなかで何が大事かを見極め、
それ以外のことは淡々とこなして、
自分を長持ちさせる技術を身につけよう。 』

自分を長持ちさせる技術、という着想が新鮮で
内容に、「え、それでいいのか・・・」という驚きが多々ある。
自分の行為の規範にある、無意識の縛りに気付かされる、
また、皆が薄々感じている(でも口にできない)ことを
ズバっと言ってしまった、という点が私には壮快に感じた。

内容をかいつまむと、
「自分探し」はきりがない
「努力すれば成功する」わけではない
「癒し」を求めすぎない
自分を疲れさせるものとは距離を置く
考えてもしかたがないことは考えない
仕事は楽しまなくてもいい
苦手な上司はやり過ごせ
「今年の新人は使えない」は老化のはじまり
同僚は仕事の仲間。無理に友情を築かなくてもよい
恋愛はしなくてもよい
「相手のため」は「自分のため」でしかない
「友人は多いほどいい」は幻想
友人は「つくる」のではなく「できる」もの
など・・・。

著者は(たとえば、宗教家、精神医学等)専門家ではない。
ひとりの経営者として重ねてきた知見を述べたもので
理詰めでこうだからこう、というものではない。

よって反論、突っ込みは必至だろう。
また「ポジティブ派」から見たら、
後ろ向きの最たるものかもしれない。

◆◆◆◆◆◆◆◆

ポジティブ派(人生修行派?)の功罪がある。
功の部分について言う人は多いが、
罪の部分について言う人はあまりいない。

とくに罪として一番大きいと思うのは、
夢を見てはいけない人にまで、夢を見させてしまうことだ。
正確に言うと、負いきれない過大な期待を自分に課してしまうことだ。

なんてことを言うんだこいつ、と思われるだろう。
人の可能性を軽んじすぎではないか、と。

たしかに、とてつもない潜在能力を持っている人がいる。
ポジティブ派の唱えるところの思考訓練で開花することもあろう。
世の中が必要とする人材を確保(育成)し続けなければならないのだから
埋もれた逸材を探すために必要なのことだ、というのもわかる。

しかし、おそらく9割以上は、普通の人で
多くはそのまま人生を終える。
はっきり言おう。
大半の人にとって、ポジティブ派は毒になる可能性が高い。

薬品、健康食品やサプリメントの効能書き、注意書きにあるような、
「服用してはいけない人」
「効果の感じ方には個人差があります」
という注意書きが欲しいくらいである。

と、思っていたところ、
そういったことを冒頭に記す著者が既にいた。
長野慶太さんという。

ちなみに「もうガマンするな!辞表を出して次へゆけ!!(大和書房刊)」
という本で、この本を薦める読者、薦められない読者の問診チャートがある。

これは慧眼である。

◆◆◆◆◆◆◆◆

過大でも、過小でもない、等身大を知ることだ。
全ては、それが起点ではないか。

人を器の大きさに例えることは多いが、
人をエンジン(の排気量)と置き換えてみる。
燃焼効率、馬力、寿命など、
エンジンの有限性と同じように、人にも厳然とそれがある。

無茶すりゃ「バーンアウト」ということだ。

V型6気筒4000ccの車の走りがどんなに素晴らしくても
1000cc程度の大衆車は真似ができない。
どんなに頑張っても1000ccの大衆車は
V型6気筒4000ccの車にはなれない。

ならば力づくで、大衆車の車体に
4000ccのエンジンを載せてしまえと。
だが、その時に何が起きるか。
想像は難くないだろう。

淋しい話のようであるが、
では、1000ccの大衆車が無用ということなのか、というと
もちろんそうではない。

1000ccなりの、走り方、使い方をすれば
それはそれで十分に快適であったり、楽しかったりするのだ。
きちんと整備すれば、長く乗ることもできる。

無限の可能性の方にどうしても目が行きがちだが、
有限性を意識することの方が、実は重要なのではないか。
有限性(=限界)を意識することで、
逆に頑張りがきくのではないか。

◆◆◆◆◆◆◆◆

昨今の経済情勢、社会状況の中で、
夢でも何でも見ないと、やってられないと、いう声もあろう。
しかし、いつまでも「喰えない餅の画」を眺めていても、腹は空く一方だ。

今一度、自分の身の丈を直視することが、
(それは怖いことでもあろうが・・・)
個人も、企業も、国も必要だ。
すべてはそこからしか始まらない。

そこを触れずして、語る夢は迷惑以外の何者でもない。

菊水電子工業株式会社 ウェブマスター
藤川 貴記 webmaster@kikusui.co.jp

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