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結局会社は変われないのか
〜効率主義の負の側面を問う〜

2010年1月



10年ほど前の本である。
「なぜ会社は変われないのか(柴田昌治著)」。
企業のチェンジマネジメントを小説スタイルで語ったこの書は
当時話題になったと記憶する。

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当時も企業運営の改革に関して
世には様々なメソッドが提言されていたが、
多くが企業の構造やオペレーションといった
いわば「上(うわ)モノ」に主眼があったのに対し
柴田氏は、目にできない、
土台となっている「企業風土(意識、価値観)」を
変える必要があると唱えた。

どんな立派な建家も整地に手抜きがあったら
必ず地盤沈下を起こして建家は傾く。
よい企業(建家)をつくろうと思うなら
土地(風土)の改良は前提として必須なのだ。

わたしは同書を読んだとき、相当な衝撃を受けた。
寝入りに読みはじめて、そのまま夜通しで
読み切ってしまったほどである。

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当時すでに「失われた10年」と言われ、
一向に不況の出口が見えない中、
高度成長期のモデルのままでは
会社は、生き残れないとされた。

それからさらに10年、現状はどうだろう。
何かが変わっただろうか。
答えは待つまでもなく、「NO」であろう。
一進一退を繰り返しながら
むしろ悪化の一途かもしれない。
失われた10年が20年になりつつある。

いま結論付けるなら、結局会社は変われないままなのだ。

そして「なぜ会社は・・」から10年。
柴田氏の新著である
「考え抜く社員を増やせ(日本経済新聞出版社)」を読んだ。

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10年前は「意識(認識)」に問題の焦点があった。
経営者が、社員同士が何をどう感じ、考えているのか(本音)、
その収斂(しゅうれん)に、企業改変のキーがあるのではないか
というものであった。

そこでオフサイトミーティングという
「気軽にまじめな話し合いをする」手法が提唱され
かなり流行ったと思う。
ただ、形式的に「それのみ」を真似ても効果は出にくいため
(特にファシリテータの自覚、能力に左右される)
企業風土改革は無意味という評価を下す向きもあったようだ。

仮に、なんとか本音で語り合える関係が作れた。
自主性・自発性が芽生えるとば口まで来れたとして、
ところが、それだけでは、やがて先に進めくなるのだ。

なぜか。
その理由には急速に進む
「考える力の弱体化」があるという。

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多くの企業では、
仕事とは「こなしてなんぼ」、「さばいてなんぼ」であり、
こなし、さばきの能力が高い者を有能としてきた。
先に枠があって、それをいかに手際よく早く埋めるか。
その早さが業績に連動していた。

しかし、今はその「枠」が摩滅、または消失している。
そうであれば、新しい「枠」の創出が必要になるのだが
長く「こなし」に慣れて来た者には、それが出来ない。
また出来ない以前に、そういう発想が出てこない。

考えることができないのである。
正確には「ゼロベースで考えること」が、である。

そこで、どこからか、合目的の十分な吟味なく
借り物の「枠」を「効率的に」持ち込んで、得意の穴埋めに邁進する。
ところが、所詮借り物である。
どこか齟齬があって望む結果が得られることは少ない。
そこで、また新たな枠が持ち込まれることとなり
いつしか、デキる経営者、上司が持ち込んだ
価値があるとは思えない業務が積み上がり続ける。
そして現場は疲弊する一途となる。

「組織を伸ばす人、潰す人(柴田励司著)」ではこれを
「組織の皿回し」と例えていたが、上手いことを言う。

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企業運営において、合理化、効率化は絶対善であり
そこに疑いを持つことは許されない風潮がある。
作業や処理においては、確かにそういった指向の正しさはあろう。
しかし適用が全く不適切な領域がある。

それが、考える、考え抜くという行為だ。

それは「どうやるか」ではなく
「なぜやるのか、なにをやるのか」を考えること。
似たように見えるが、そこには天と地ほどの差がある。
考えるとは、相当非効率に見える行為である。
しかし、行きつ戻りつを繰り返す中でしか
答え(かもしれない兆し)は見えてこない。

合理化、効率化の目的とはコストダウンにあらず。
それはきわめて近視眼的観点であって、
真の目的は考えるための余力を生み出すことなのだ。

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しかし、ここでまた新たな問題に突き当たる。
余力が出来たとして、それを効果的に使いこなす能力を
ほとんどの者が有していないという厳しい現実である。
残念な事に、考える、考え抜く力を
促成的に会得することはまずできない。
結局時間をかけて地道に鍛え上げてゆくしか道がない。

綾小路きみまろさんの漫談ネタに
「80歳のおばあさんをつくろうとすると、80年かかるんです・・・」
というのがあるが、人の育成もまた然り。

手っ取り早く人は育たたない。
人の育成なくして、会社が変わることは絶対にない。

会社も社員も(さらには社会全体が)
その厳しい事実を直視し、覚悟することを迫られている。

菊水電子工業株式会社 ウェブマスター
藤川 貴記 webmaster@kikusui.co.jp

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ここに記されている内容は、ウェブマスター藤川の個人的な意見や感想です。
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