HOME > コーヒーブレイク > 決断の技術

決断の技術
〜「終り良ければ全て良し」は大ウソだ〜

2010年3月



人生には決断を求められる場面が必ずくる。
むしろ、決断(選択)が生きることそのものである、
と言ってもいいくらいである。

単に決めるだけなら、難しさはない。
選べばいいだけなのだから。
しかし、そこに「後悔しない」という前提が付いた途端
難易度がグッとアップする。

決断の難しさとは、つまるところ
「後悔」をいかにヘッジ(回避)できるかであろう。

◆◆◆◆◆◆◆◆

では、どうしたら「後悔しない決断」ができるのか。
「朝11時までメールは読むな!『後悔しない決断の技術』」
(織田隼人著/講談社刊)では、
そのための17のヒントが述べられている。

その目次をかいつまむと、

「悩むこと」と「考えること」をきっちり分けよう
現状を根本から変える選択をしよう
損得を超えた判断軸で考えよう
ワーストシナリオを想定しよう
すばやい決断には「ランダム」「直感」「ルール」の活用を
最重要事項を決めるときは「決断の本質」から考えよう
正しい評価をするために「決断表」を作ろう
「過去の積み重ね」の上で決断してはいけない
「先送り=決断しないという決断」もある

(以上抜粋)

などとある。

見出しを読んだだけでも、なるほどと思える。
だがその前に、確認すべき事項がある。
そもそも決断の正しさとは何か?である。

◆◆◆◆◆◆◆◆

人は「結果で決断の評価をする」傾向があるという。
結果を見る前と見た後で
決断の評価を変えてしまうことが往々にしてある。
結果で決断を評価する傾向が強まると
人は「失敗をしない(損がない)」という選択肢を選ぶようになる。

しかし、必ずしも「失敗しない」=「正しい」ではない。
多くの場合、失敗しない決断とは「何もしない」になる。
何もしなければ何も手に入らない。
その行き着く終点は「死」だ。

失敗をしたくない、損をしたくないという
「決めない、選ばない生き方」の行き着く先に
死という一番避けたい結果が至近になるとは、皮肉である。

「人生は壮大な暇つぶしである」という箴言(しんげん)?もある。
人は100%死ぬ。何をなしても、なさなくても。
結果が全てと考える価値基準では
あらゆる人生が「失敗」ということになってしまう。

なんじゃかんじゃあっても
結局死んでしまったではないか。

◆◆◆◆◆◆◆◆

言うまでもなくこれは詭弁だ。
多くの人はそうは思っていない。
何を考え、何を為したか。それを人は評価する。

たとえば、坂本龍馬。

私は大河ドラマに興味を持ったことがないのだけれど
「龍馬伝」はTVドラマらしからぬ重厚な画作りも良く
このところ楽しみに見続けている。
ちなみに出演者はみな好演なのだが
特筆は、岩崎弥太郎を演じる香川照之さんだ。
主役の龍馬を喰いそうなくらいの迫力の演技と汚さ?がよい・・・。

閑話休題。

坂本龍馬は33歳という若さで暗殺された。
彼の種々の功績にも真偽両論がある。
司馬遼太郎の小説による人物像(フィクション)が
一般化して、過大評価されているとも。

しかし、彼の人生が無駄、無意味だったいう者は少ない。
彼の苦悩や想い、為した(とされる)ことに、
150年後の私たちは感動する。
けして直接的な功績の大小ではないはずだ。

◆◆◆◆◆◆◆◆

結果は所詮「後付け(解釈)」であって、
本質的には実は意味がない。

正しい決断の要諦がそこにある。

正しい決断(の評価)とは、その決断に至った
プロセス(考えや行動)の正否にあって、決断の結果ではない。

結果主義は、万人に非常にわかりやすい。
そこに陥穽(かんせい=落とし穴)があり
「結果=評価」という考え違いに陥ってしまう。

前述の「朝11時まで・・・」に
決断と結果の関係という表がある。



 結果
良い悪い
決断良い当然の成功不運
悪いまぐれ当然の失敗



「当然の成功」も「まぐれ」もクソミソ一緒ではたまったものではない。
途中経過はどうであろうと、
とにかく結果が大事であるという思考はある種「幼稚」である。

世に蔓延した成果主義(≒市場主義)の欺瞞性とは、
評価の本質を外しているところにある。
簡単に言えば、客観性(単純性)を笠に着た評価の手抜きである。
「できたか、できないか」。子供のロジックである。
そもそも人間はかなり複雑で多様な存在と思う。
それを二分思考で評価できるとすること自体、すでにウソがある。

少なくとも認知的複雑性の高い「大人」の思考ではない。

それが世の中核思考であるならば、
成熟した「大人」の社会とは、とてもじゃないが呼べまい。

だから、世界はいまだ苦しみ続けているのではないか。

◆◆◆◆◆◆◆◆

話がやや脱線。

後悔しない決断とは、
結果(評価)という呪縛を解くことにある。

もちろん、それは無視するということではなく
やるべきこと(正しい決断)をおこなう上での事である。

人事を尽くして(正しい決断をして)天命を待つ。

ベタな教訓であるが、
それが後悔しない人生でもあるはずだ。

<後記>
先に「妻の相談に乗ってはいけない」
という織田隼人氏の著書を読んで、
その関連でこの「朝11時まで・・・」を読んだ。

実はこの「妻の相談に・・・」もかなり面白い。
特に、家人と上手く噛み合っていない
「妻が急に不機嫌になる理由がわからない」
といった御仁におすすめである。
「そういうことかっ」と膝を打つこと請け合いである。

菊水電子工業株式会社 ウェブマスター
藤川 貴記 webmaster@kikusui.co.jp

お願い

ここに記されている内容は、ウェブマスター藤川の個人的な意見や感想です。
帰属する企業、立場での見解ではありません。ご了承のほどお願い申し上げます。

ページトップへ ▲