HOME > コーヒーブレイク > 方法は使うものではなく作るもの

方法は使うものではなく作るもの
〜発想をジャンプさせるラテラルシンキング〜

2012年4月




人を助けるすんごい仕組み
ボランティア経験のない僕が、日本最大級の支援組織をどうつくったのか
(ダイヤモンド社刊、西條 剛央著)

西條 剛央さんのことは「ほぼ日」の記事で知った。
「西條 剛央さんの、すんごいアイディア。」
掲載は2011年6月17日、震災発生から3ヶ月後である。
被災者地支援・復興、原発事故対応、放射性物質の拡散被害など
全てにおいて「これからどうなってしまうのか」という不安の中で
まさに「すごい人」がいるものだな、と興奮気味に読んだ記憶がある。
そして、この記事を含めた彼の活動記録と
背景にある彼の考え方を記した書籍が出版されたので読んでみた。

◆◆◆◆◆◆◆◆

西條さんご自身は、哲学・心理学の研究者、大学講師であり
災害の専門家でもなければ、ましてボランティアの経験もない。
そんな彼が、政府や自治体の鈍い動きと対照的に
ツイッターやフェイスブックなどのSNSと
現場で活用できる既存インフラを有機的に駆使して
顔も知らない者同士の「志」をエネルギーに
必要とする人に必要な支援を迅速に届けるしくみを構築。
瞬く間に、日本最大級のボランティア組織を形成した。

こういった有事では、備えが事態打開の鍵になる。
備えというと物資をイメージしがちだが
その前提に考え方(想定、方法論)がある。
今回の大災禍は、想定を覆すことばかりだった。
それが、事態収束を容易ならざる状況にしている元凶だ。
用意された方法論がことごとく通用しない。
パニックにならない方が不思議なのだ。

政府、役人はある意味とても「まじめ」だ。
あらかじめ用意(承認)された方法を使うことしかできない。
仮に他によい方法があると気付いても
それをオーソライズする手続きが必要になる。
迫る敵を目前にしても、書類のハンコを求めざるを得ないのだ。

◆◆◆◆◆◆◆◆

平時の問題であれば、数多(あまた)ある方法論を
どれだけ知っているか、使えるかで勝負できるだろう。
しかし、想定(前提)が覆る状況ではそうはいかない。
下手に「知っている」ことがむしろあだになる。
かといって無防備、徒手空拳でよいはずもない。

西條さんの専攻する学問は「構造構成主義」という。
方法を原理化する理論だという。
簡単に言うと、方法の作り方だ。
かつてない有事に必要なのは「方法をつくる方法」だったのだ。
具体的な活動内容をぜひ書籍で見て欲しい。
必要とする人に必要な支援をいかに早く低コストで届けるか。
彼のしなやかな発想、その飛躍性には驚くばかり。
爽快感すら覚える。
彼のアタマの中はいったいどうなっているのだろう?

構造構成主義とは「無形の型」だという。
ポイントは2つ、状況と目的。
いまがどういう状況(問題構造)で、何が目的なのか。
その2点をきちんと見極められれば、そこにおいて想定外はない。
かなりの確率で有効性の高い方法がつくれる。
方法ありきではないのだ。

状況と方法の関係式が頭に入っている専門家や秀才ほど
実はこれができないのではないか。
公式の呪縛から発想が逃れられないのだ。

◆◆◆◆◆◆◆◆

ふつうの人が、この「無形の型」を身につけるには
どうしたらいいのだろう。
世には「アイディアマン」と呼ばれる人がいる。
人を「あっ!」と言わせる突飛な発想力は
天賦の才でしかないのだろうか。

答えがコンビニエンスストアにあった。
最近はコンビニの雑誌棚に、
ビジネスや自己啓発関連の書籍があったりする。
そこで偶然見つけた本がある。

ずるい考え方 ゼロから始めるラテラルシンキング入門
(あさ出版刊、木村尚義著)

帯には、そうか、その手があったか!!
常識をくつがえし、前提にとらわれず、
発想のワクを広げる”革命的”思考法、とある。
13個のオレンジを3人の子供に平等に分けるには?
喫茶店の古びた家具を経費をかけず完全にリニューアルするには?
急カーブで自動車事故を減らすには?

あなたならどうするだろう?

◆◆◆◆◆◆◆◆

ラテラルシンキングのラテラルとは「水平」を意味する。
言うなれば「水平思考」。
ならば「垂直」もあるのかと思うあなたはさすがだ。
それはロジカルシンキングである。
例えるならロジカルは積み上げ、もしくは深堀りであり
ラテラルはジャンプになる。

ラテラルシンキングには3つの力が必要だという。
・疑う力
・抽象化する力
・セレンディピティ(偶然を無視しない力)

疑う力とは、常識(固定概念)に縛られないこと、
抽象化する力とは、物事の本質や機能に注目すること、
そして、セレンディピティとは、偶然を何かに関連づけるセンス、
この3つの能力を備えることが必要だそうだ。

これはまさに、西條さんの構造構成主義でいう
既存の方法論に依らず(=常識を疑う)、
状況(=物事の本質や機能に注目)から
目的を達成する方法を生みだすことだ。

先の3つの問題(オレンジ、喫茶店、自動車事故)の答えは
本で確かめて欲しいが、読めばきっと
「なんだ、そういうことでいいの?」とあなたは思うだろう。

そう「ずるい」のだ。

◆◆◆◆◆◆◆◆

問題に正面から取り組む姿勢は美しい。
しかし、それと成果は別問題だ。
えてして(日本人的には?)姿勢に重きを置きがちだ。
ただそれだと時間と支払うコストが・・・、ということが少なくない。
昔はそれでもよかったのかもしれない。

最少のお金と努力で、欲しい結果を最短で得る。
道徳的?に受け入れ難いかもしれない。
根性と努力で勝ち取るほうが尊いと思いたい。
でもそれは旧日本軍の道。

努力や精神性(心構え)を否定するものではない。
努力(正攻法)で獲得することにしか価値を見出さないという
思考(評価)の硬直性がまずいのだ。
別にいいですよ,結果が出るならそれでも・・・。
時間とコストが許すなら。

正攻法に限れば日本人はおそらく世界一だ。
岩をコツコツ手斧で砕くようなことをさせるとピカイチ。
しかし世界は正攻法だけで戦っていない。
グローバル化とはたぶんそういうことだ。

グローバル化の嫌悪感はそういうところにもあろう。
気持ち的に受け入れ難い。
人としていかがなものか。
交渉下手というのも、同根ではないかな。
誠意で正面突破みたいなのが好き。最後は土下座。
これはやはり通用しないだろう。

正々堂々と誠意を持ってという日本人の美徳?を持ちつつ
でも、必要とあらば強かな「ずるさ」も使える。
これからはそういう、しなやかに強い人が必要だ。

◆◆◆◆◆◆◆◆

自然の理不尽さに慄(おのの)き
世界の不道徳?さを呪いながら
緩慢な衰退をただ受け入れる。
これはつらい。
そうしないための、思考道具のひとつとして
ラテラルシンキングは有用だと思う。

最後に、え、そうなのか!という例があったので紹介。
駅の自動改札機は結構「長い」と感じないだろうか?
実質的には扉だけでも良さそうな気がする。
実は、あの「長さ」はある問題の解決案だった。
問題は運賃計算の時間だった。
順当に考えると、いかに処理速度を早くするか、となるだろう。
しかし開発者は「必要な時間を稼げばいいのでは」と考えた。
そこでカードの読み取りからゲートまでの距離を「長く」して
必要な時間を稼ぐことにしたのだ。
あ!その手があったか・・・ですよね?


菊水電子工業株式会社 ウェブマスター
藤川 貴記 webmaster@kikusui.co.jp

お願い

ここに記されている内容は、ウェブマスター藤川の個人的な意見や感想です。
帰属する企業、立場での見解ではありません。ご了承のほどお願い申し上げます。

ページトップへ ▲