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「捨て上手」は「できる人」
〜『「捨てる!」技術』から思うこと〜

2000年7月



先日、タイトルに興味が湧き手にした本がある。『「捨てる!」技術』(辰己 渚著 宝島社新書)という。昨今「超整理法」やら「収納法」が流行ったが、次はどうやら「捨て方」らしい。

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著者は冒頭で「モノが貴重な時代からモノが溢れる時代の変化があまりに急すぎたらしい。私たちは“もったいない”という美徳の名残りと、モノの増殖という新しい事態のあいだで、困り果てている状態なのだ。」という。そして、「捨てる」という作業はモノの価値を再検討する行為であり、けして反道徳的なものではないと言う。

こうした論点から、著者は「捨てるための10か条」なるものを提案するのである。例えば「“とりあえずとっておく”は禁句」、「“仮に”はだめ、“今”決める」、「“いつか”なんてこない」、「“聖域”を作らない」、「“しまった!”を恐れない」、「完璧を目指さない」などである。そして、その実践のテクニックがやはり10ほど続いて述べられている。やや独断気味かなと思える部分もあるが、うなずける指摘も多く、単なるノウハウ本というよりも、いっそ「暮らしの哲学」とでも捉えたほうが正しいかもしれない(少々誉めすぎか)。

これは「仕事のやり方」にもそのまま当てはまるようだ。先にあげたいくつかの「条文」をそのまま、日々の仕事の場面に当てはめて想像してもらいたい。まず、「とりあえず」とか「仮に」を持ち出す場面が結構多いことに気がつく。いわゆる「問題の先送り」である。様々な事情でその場での判断が困難な事態も多いだろう。しかし、当事者(責任者)が判断を放棄してしまっているケースも少なくない。そして「いつか」考えましょう、とするものの、その「いつか」が来たためしはない。やっと重い腰があがったと思ったら、今度は力みすぎて「完璧」を目指すあまり、プロジェクトがなかなか進捗しない…、という具合だ。やや皮肉っぽく書いてしまったが、程度の差こそあれどこの職場でも起きている事態ではないかと思う。

「仕事をする」という行為には、「捨てる」行為と同じく「その価値を測る」という視点と能力が必要なのだ。更にいえば、その仕事が「誰にとって価値がある」のかを考えなければならない。『「捨てる!」技術』の本文中、極論と断りながらも、こんな痛烈な指摘がある。

「どんなに思い出深い品物も、あなたが死ねばみんなゴミ」。

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自分にとって重要と思う仕事が、他人(同僚、顧客など)にも同様の価値がある(共感してもらえる)のかどうか、またはその逆の状況なのかを常に見極め判断しなければならない。その確認がないままおこなった仕事は、時間・エネルギーの浪費(ゴミ)にしかならない可能性があるということだ。「捨て上手」は、実は「価値ある仕事ができる人」でもあるのだ。



菊水電子工業株式会社 ウェブマスター
藤川 貴記 webmaster@kikusui.co.jp

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