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会議依存症?
〜必要な会議って何だろう〜

2000年10月



会社内には、様々な業務があるわけだが、おそらくどんな会社(おおよそ組織だっているもの)にも必ずあるのが「会議」だ。常々この「会議」が会社内で一番に見直されるべき業務ではないかと思っている。…まあ要は「会議」が嫌いなのだ。

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そもそも会議とはなんだろう? 会議学という学問もあるようだが、私見(偏見?)で、会議の目的はおおよそ3つ。ひとつは「構成員間のコミュニケーション」、もうひとつは「組織というシステムの保持」、そして「セレモニー(権威付け)」だ。なんとか報告会、連絡会などは「コミュニケーション」、緊急会議、○×プロジェクト会議などは「システム保持」が主ではないかと思う。そして(反論もあろうが)定例会議などの、まず定期開催ありきの類は「セレモニー」だ。もちろんひとつの会議がこれら3つの機能を兼ねることも多いだろう。(他にも色々あると思うが分類を意図しているわけではないので、ここはさらっと流す)

私達はこの3つの目的で、会議という手法を使うわけだが、問題はその依存度だ。あなたの職場に、なにかに付けて「会議開催したがる」、「会議の場で決めよう」または「会議でなければ決められない」という傾向はないだろうか? 言うなれば「会議依存症」だ。この病気は、(会議はひとりでは出来ないので)結果、まわりの人間を巻き込んでゆく。重傷であればそれだけ、開催件数のみならず、巻き込む人数や範囲が大きくなるのだ。そして一番やっかいなのが、主催者・出席者ともに発症自覚がない点だ。

会議は業務の一環で、プロパー(当然)なものだ、とおそらく誰もが思っている。しかし、よく考えてみると私達は、会議をしたいわけではないはずで(中には会議、会合が命という人もいるが…)、業務の段取りや進行を促す手段として利用しているに過ぎない。メインはあくまで担当する業務で、会議はむしろできる限り発生を抑えるべきものではないのか。だが会議を減らそうというムーブメントはなかなか起きない。

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会議でなければ決められないということの裏を返せば、それは既存の組織機能やその長に責任・権限がないか所在が明確になっていない、または対処不能、つまり「機能不全」である可能性を示している。イレギュラーな事象へのエラー処理、サブプログラムとして会議が発生するわけだ。こういう状況が当たり前になっているとすれば、組織、場合によっては会社全体の再構築が必要だというアラームが立っていると考えるべきではないか。

いたずらに会議撲滅を支持するものではない。しかし会議という常識を疑う発想から、何らかの転換点を見いだせるように思えるのだ。

菊水電子工業株式会社 ウェブマスター
藤川 貴記 webmaster@kikusui.co.jp

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