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20万年戦争は終わらない
〜脅威への最善の対処方法〜

2020年3月



そのニュースを聞いた時
思い出した2つの古いSF小説。
小松左京氏の1964年作品である「復活の日」と
マイケル・クライトン氏が1969年に発表した「アンドロメダ病原体」。
ちなみに、前者は「日本沈没」の、後者は「ジュラシックパーク」の作者である。
いずれも映画化されているので
ご存知の方もいるだろう。

この2つの作品の共通点。
それは「ウイルス(微生物)」である。

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「復活の日」のテーマはパンデミックと核兵器。

196X年。某国軍部の細菌研究所から試験中の猛毒ウイルスがスパイによって持ち出される。
しかしそのスパイが乗った飛行機は吹雪でアルプス山中に墜落。
そして保管容器が粉砕され放出されたウイルスは、春の訪れとともに活性化。
当初は家畜の疫病や新型インフルエンザと思われたものが、やがてヒトーヒト感染へ。

猛烈な感染拡大への対抗策は見つからず、人間社会は壊滅状態に。
半年後、夏の終わりには35億人の人類と
(1964年頃の世界人口は約30億。2020年は77億・・・)
地球上の爬虫類・両生類・魚類・円口類を除く脊椎動物が、ほとんど絶滅する。
生き残ったのは、南極大陸に滞在していた各国の観測隊員約1万人と、
海中にいたために感染を免れた原子力潜水艦の乗組員だった。

生き残った人類が南極大陸で生き残りを画策する中
もう一つの脅威が・・・それは核ミサイル。
東西冷戦で配備された大国の防衛(自動報復)システムのターゲットとして
南極も設定されており、しかもそれが「ある事」で起動する可能性が発覚。
核ミサイルシステムを止めないと、世界は2回目の死を迎えることに・・・

一方「アンドロメダ病原体」は、生物兵器研究所で起きる感染事故。

アメリカはある極秘計画のために人工衛星を打ち上げる。
その目的は宇宙空間の微生物を回収し、新しい生物兵器を作り出すこと。
そして人工衛星が砂漠の中の小さな町に着陸するが
2人の生存者を除いて、軍の回収部隊とその町の住人が死滅しまった。

軍の研究所は生存者2名を隔離し、その理由を調べ始めるが
なかなか原因(微生物の正体)がわからない。
やがて微生物が特定され、その性質も判明するが、
事故によって施設内に病原体が漏出。
さらに研究所には、重大な汚染事故を想定した
核の自爆システムがあり、それが起動してしまう。

しかし微生物(その名前が「アンドロメダ菌株」)は
放射線をもエネルギーとして成長しまうことがわかっており
核爆発は、むしろアンドロメダ菌株を増殖させてしまう。
自爆システムのカウントダウン止めないと、
取り返しのつかないことになる。

だがシステムの制御装置は汚染された区域にあるのだ・・・

あらためて、それぞれのあらすじを調べてみたが
50年以上前の作品にもかかわらず、全く内容が色あせていない。
むしろ今日にでも起きそうな内容。

というか、現実は「それ」が
始まってしまったのかもしれない・・・

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さて、テレビやネットのトップニュースは
連日「新型コロナウイルス」に関わる情報だ。

WHOは「スペイン風邪」等の過去の反省から
(往時の疾病はスペインが発祥ではない)
固有名詞(地名等)は風評を招くという配慮から、
その正式名を「COVID-19」としたが・・・

こびっどじゅうきゅう。

SARS(さーず)、MERS(まーず)と比べて
お世辞にも発音しやすいとは言い難い。

フィクションの世界では、敵に名前を付けるのが定番。
ゴジラの劇中での設定は「巨大不明生物」。
それを「ゴジラ」と命名することで
その存在感(脅威)を高める狙いがある。
しかし現実の危機に「演出」を加えることは
害悪(無用な恐怖を呼び起こす)でしかないというのはもっともで
むしろ単なる識別記号の方がいいのだろう。
「新型殺人ウイルス」とか言うのは絶対にNGだ。

だが台風にはあらかじめ用意された候補リストがあり
その名称が順番に付与される。
東日本大震災を超える災害をもたらした
令和元年の台風第19号は「ハギビス/意味:すばやい」だった。
後述するが、新種の病原性ウイルスの根絶は、
今後も不可能だろうから、台風のようにあらかじめ
WHOとしては準備しておくべきことかもしれない。

新型コロナについては、性質がまだ良くわからず、
予断を許さない状況、かつ影響が及ぶ範囲が広すぎて
市井の人には、何を拠りどころに、どうするべきかの判断が
非常に難しい問題である。
政府やマスコミの動き、様々な専門家の見解は
まるで3.11での原発事故対応の再演を見てるようである。

ネットには専門家や一般人の「(もっともらしい)私見」が溢れ、
根拠のないデマに右往左往させられたり、
被害診断(被曝/感染)への不安・不満や
様々な活動の自粛も3.11そっくりである。
結局私たちは、あれほど甚大な災害を経験しながら
危機への備えとして何も学んで来なかったようだ。

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毎日飛び交う真偽が不確かな情報に
晒され続けるのは本当に疲れる。まさに「コロナ疲れ」。
いまだ真相も見通しも、わからないままなので
日々更新されるニュースを真面目に追ったとことろで
モヤモヤした不安感が晴れることはない。

大きな社会不安は、個人の行動(判断)視野を狭くしてしまう。
身の回りでできることで、不安を解消しようとするが
残念ながらそれは「小手先」「気休め」でしかないのがほとんどである。
3.11の時はミネラルウォーターが店先から消えたが、
今回のそれはマスクや消毒薬。そしてトイレットペーパー・・・
不安材料を一つでもすぐに減らしたいという感情は、わからなくもないが
残念ながら、こういった行動に実効性はないだろう。

では、今回のこの不測の事態では何をすべきなのか。
それは原則論に立つことだと思う。「そもそも論」と言ってもいい。
多くの感染症専門医が述べているが、
感染症予防の基本の基は「まめな手洗い」だという。
手洗いは(成人で健常者なら)誰でもできることなのだが
多くは馬鹿にして(当たり前すぎて)、真面目にやらないという。

「いや、私はやってるよ」と言う人は多いかもしれない。
それは本当だろうか? 去年もそうだったろうか?
今の状況になってから、意識するようになったのではないか?
今年はインフルエンザの推定患者数が過去10年で最少になったという。
(最少でも50万人はいるというが・・・)
これは新型コロナを警戒し、感染症予防に熱心な人が
増えていることが影響した可能性がある、という見立てである。
(もっともその主因が手洗いというエビデンスはまだないようだが)

一方で、支持者?の多いマスクの(自己)予防効果は
期待できないという専門家の意見が多いようだ。
マスクの効用ある・なし論は、宗教論争化してるので
あまり踏み込みたくないが、その効果は限定的なのだろうと私は思う。
消毒液は、しっかりと手洗いができれば必須ではないという。
そうやって考えると、この新型コロナ感染予防においては、
マスクも消毒薬も血眼になって求める必要がないという結論になろう。

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そして「そもそも論」は続く。
「ところでウイルスとはいったい何者なんだ」という素朴な疑問である。
インフルエンザ、ノロ、エイズ(HIV)、麻疹など、
様々なウイルスがいることは知ってはいるが、何がどう違うのか?
さらにはウイルスは生物と非生物の
どちらでもないという・・・なんだそれは?

厚生労働省の外郭団体である「予防衛生協会」のコラムに
「 ウイルスと共に生きる」というページがあった。
そこにはウイルスについての蘊蓄が記されており
少々長文だが、ウイルスを理解する上で有益な情報があるので
興味があれば、ぜひ読んでみて欲しい。

生命科学の雑記帳:12.ウイルスと共に生きる

さらに、こんな本も読んでみた。
「感染症の世界史」石 弘之著/角川ソフィア文庫

著者は、新聞社を経て大学教授、国外特命全権大使等を歴任した
環境ジャーナリスト、環境問題研究者である。
アフリカやアマゾンなど「未開地」に赴任する中
様々な熱帯病(感染症)に罹患した経験をお持ちの方のようで
あとがきには、マラリア、コレラ、デング熱、
リーシマニア症などの戦歴(?)が記されいた。
いずれも対処を誤れば死に至る感染症だ。

ウイルスの語源は「病毒」を意味するラテン語 virusである。
長い間、人にとってウイルス=病気であり、悪者や怖いイメージであった。
しかしこれらを読む中で、一番意外だったのは、
近年の研究によって、ウイルス(の持つ遺伝子)がほ乳類の存続に
重要な役割を果たしていることがわかってきたという点だ。

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たとえば、人内在性レトロウイルスは、
霊長類の祖先の染色体に2500万年前に組み込まれたウイルスだが
それが生み出す「シンシチン」というタンパク質が
胎児の発育に重要な役割を果たしている。

父親由来の形質は母親にとっては異物であり、
本来ならば臓器移植と同様、免疫リンパ球により排除されてしまうはず。
ところが、胎盤の外側を取り巻く合胞体栄養膜は「シンシチン」を成分とすることで
胎児の発育に必要な栄養分を通しながら、
リンパ球を通さないことで、胎児を守っているのだという。

胃がんを誘発することで悪名高いピロリ菌には
アレルギーの抑制に寄与している側面もあるという。
たとえば子供においては喘息の抑制効果が認められている。
しかし近年「悪者」扱いになっているのは、
そういった効用は小児期のみであり、
多くの人の寿命が50年を越える現在、
その有害な部分が際立つようになったということらしい。

また、ウイルスは地球環境での生態系の調節にも関わっている。
例えば漁業に影響を及ぼす赤潮は、植物プランクトンの異常増殖であるが、
植物プランクトンが植物ウイルスによって溶解されることで
収束するのではと推測されている。
ちなみに海洋には、未知の存在を含めた膨大な数のウイルスが確認されている。
わずか1mlの沿岸海水中に、数千万~数億個のウイルスが見つかるという。
その生態や役割について研究が始まったのは、実はつい最近のことだという。
研究が進めば、さらに驚くような自然界での機能・役割が
発見されるかもしれない。

ウイルスが生物でも非生物でもないと言われるのは、
生物の定義である「細胞」がない生命体だからだという(この辺の論考は諸説ある)。
細胞がない生命は自律自己複製ができない。
なのでウイルスが増殖するには、取り付く宿主(しゅくしゅ)が必要。
宿主の細胞の代謝機構やエネルギー産生機構を利用することで
自分のコピーを作り生き伸びてゆく。
しかし宿主が死んでしまうと自分たちも死んでしまう。
そうならないためには、宿主を刺激しすぎない
(免疫反応での排除が起きない)ようにする。
または宿主が死ぬ前に新たな宿主に移動する必要がある。

ウイルスの基本生存戦略は前者の「平和共存」。
時にそれが決裂し、免疫反応(および薬剤)への対抗策として
変異し毒性を増し「病原性ウイルス」となる。
そしてより適した宿主を求めて「感染」する。

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ウイルスが自然界で存続する場を提供している動物を
「自然宿主」といい、そこにおいてウイルスは平和共存している。
共存下のウイルスは、免疫反応の脅威がないので変異(毒性化)の必要がない。
しかし、なんらかの環境変化(生態系の変化等)によって
他の動物へ感染したときに、適応のための変異がおきやすくなる。
その毒性が強いものが「病原性ウイルス」である。

ウイルスは平和共存できる宿主を求めて
人類が誕生するはるか昔から戦いを行い続けてきた。
中には毒性のあまり宿主とともに自滅したウイルスもあるだろう。
そう考えると、30億年に誕生し悠久の時間を生き残ってきた
今日の様々なウイルスは、ある意味最強種だ。
そんな勇者の末裔たちと人類の戦いが
インフルエンザ、エボラ出血熱、デング熱、麻疹などの感染症である。
その戦いが容易でないのは自明だ。

一般の感覚からすると、原因(ウイルス)が特定できるのであれば
それを無力化(殺菌)できる方法(薬剤)があればいいのではとなろう。
いわゆる「抗ウイルス剤」といった治療薬の開発である。
それがあれば確かに、その場の症状を抑えることはできる。
しかし治療薬は、体内の抗体生成抑制(再感染)が危惧されるとともに、
濫用された場合、中長期の視点では敵に塩を送るようなことが起きる。

たとえば患者の排泄物に混じった薬剤や
殺菌剤のようなものが大量に下水に流れることで
下水施設がウイルスにとっての「虎の穴」になる可能性がある。
(虎の穴がわからない人はタイガーマスクをググろう)
いわゆる耐性菌の発生である。薬剤は諸刃の剣なのだ。
なので、ウイルス感染症への対抗策の基本は
「退治(制圧)」といったガチンコ勝負ではなく
激化させないように適度に「いなす」手法を探るしかないだろう。
終息ではなく収束(共存)である。

そういう観点からすると
今さかんに批判を浴びている「軽症者は自宅療養」という方針が
けして的外れな話しではないことがわかる。
それは患者が殺到することでの医療崩壊を防ぐ以外にも
薬剤の濫用を防ぐ意味合いもあろう。
仮に有効な治療や予防薬的なものがあったとして
全員に処方したその先には、もっと過酷な状況が待っている。
「やられたらやりかえす」という戦いには終わりがない。

ウイルスの誕生が30億年前に対して、ホモ・サピエンスは20万年前。
いうなれば人類は誕生したときから、ウイルスとの戦争状態にあると言える。
世界史で英仏間の百年戦争というの知った時
そんな長い期間の戦争があるものかと驚いたが、
人類は見えない敵を相手に「20万年戦争」を繰り広げているわけだ。
人類は科学技術を獲得し、それを武器に応戦するも
個体数の差が圧倒的で、駆逐は不可能ではないかと思う。

進撃の巨人のように、城郭の中で防戦するのが精一杯。
最善の戦略は「脅威から一定の距離を置く」しかないのではないか。

◆◆◆◆◆◆◆◆

スタジオジブリの作品に「平成狸合戦ぽんぽこ」というのがあった。
環境破壊によって住処を追われたタヌキたちの反乱を描いた作品だが、
ことの起こりは、人間の自然開発(多摩ニュータウンがモデル)である。
今回のウイルス感染症の流行も、(まだ真相はわからないが)
十中八九、引き金を引いたのは人間の側だ。

先に書いた通り、地球上には私たちがまだ知らない
生態系に何らか寄与しているウイルスが多数存在していると考えられる。
いわばウイルスは巨大な見えないエコシステムだ。
そして病原性ウイルスの発生は、生態系の乱れや不調、
人間が踏み込んではならない領域への侵入を示す
自然からの警告シグナルではないか。

まことに残念かつ困惑する事態であはあるが
その応報を当面甘受せざるを得ないのかもしれない。
私たちにできることは、収束までの間
神仏に祈るがごとく、毎日手を合わせる(洗う)ことだけだ。


菊水電子工業株式会社 ウェブマスター
藤川 貴記 webmaster@kikusui.co.jp

お願い

ここに記されている内容は、ウェブマスター藤川の個人的な意見や感想です。
帰属する企業、立場での見解ではありません。ご了承のほどお願い申し上げます。

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